思考|嫌いをやめるススメ*世の中に蔓延るゼロ百思考*

思考で繋ぐ

好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い・・・。

皆さんも一度は花占いを聞いたことがある、あるいはやったことはないでしょうか。

花びらを一枚一枚ちぎりながら、最後の一枚が好きか嫌いのどちらになるのかの、そうあれですあれ。

まぁ占いと言っても、最初の1枚を好きにするか嫌いにするかで、結果はやる前から分かってたりするもんですが。。。

今の世の中は、「好き」と同じくらい「嫌い」という言葉があり溢れています。

この「嫌い」という言葉、どちらかといえばネガティブなものですよね。

今回はその嫌いという言葉を深掘りしながら、嫌いをやめるとどんな変化が起こるかをお話ししていきます。

嫌いという漢字の由来

まず「嫌」という漢字の由来を見ていきます。

女 + 兼 = 嫌

女編に兼ねるという文字を合体させて、という漢字になりますが、この女編がつく漢字というのは気持ちを表すものにつけられるようです。

好、嫌、怒とかこういうものがあげられます。

そして兼という文字は、「手で二つの稲を持っている様子」を表しています。

ちょっとわかりにくいですけども、「二つ併せ持っている」とか「1つでは不足している」とか心情的には不安定な状態を表しています。

そしてこの「兼」が女編と合わさることで、不安定な状態を嫌がる嫌う、という意味になっていったとされています。

そもそもですが、この女編という漢字自体がちょっとあまり気持ちの良い由来ではありません。

漢字ができた時代背景として、その当時の中国では特に男尊女卑が著しい時代でした。

女という漢字は「手を前で組んで跪く人」を表していて、古代中国では女性は男性に隷属されているものということからこの漢字の形になったようです。

これこそまさに嫌な感じですよね・・・。

日本語としての嫌いの語源

では、この嫌いという言葉、いつからこの日本で使われているのでしょうか。

しかしながら、すみません・・・。詳細な語源としてはよくわかりませんでした。

ただ、もともと「いや」という動詞があったようで、これは「いやがる」とか「きらう」とかそういう意味があるそうです。

相手に不快感を与えてしまうような言葉・態度を表す言葉になります。

この言葉が変形する中で、今でも使われている「いやみ」の形になっていったとか。

・「いやみ」は相手を不快にさせるもの。

・「きらう」は相手を拒むもの。

どちらも気持ち的にはネガティブというかあまりよろしくない表現で、そして自己ではなくて他者とかモノとかそういうものに対して使うケースが多いですよね。

もちろん自分に対して使うこともあるかと思うのですが…。

では、次に本題の嫌いをやめることをススメる理由についてお話ししていきます。

嫌いをやめる3つの理由

ここからは、なぜ嫌いをやめるといいのかについて解説していきます。

そもそも「嫌い」ってどういう状態かを今一度考えてみましょう。

・拒絶・対立を生む。
・辛い、苦しいなどネガティブな感情になる。
・ストレスが溜まる。

例えばお付き合いしている男女で、A子さんとB介さんがいたとしましょう。

二人は喧嘩をしてしまいました。

そしてA子さんがついに発してしまいます。

A子「あなたが嫌いです。」
  →拒絶の言葉

B介「なっ・・・。」
  →ネガティブな感情

B介「・・・おれもお前が嫌いだ。」
  →拒絶+攻撃の言葉。

A子「・・・。」
  →ネガティブな感情。

それぞれ発した「嫌い」という言葉の状態がどういうものかを「→」にして付け加えてみたのですが、イメージできるでしょうか。

嫌いという言葉一つで拒絶し、それは場合によっては攻撃に変わり、お互いにネガティブな感情が引き起こされるのです。

つまり、対立にあって、交わっていない状態です。

そもそも人間は性格、価値観、倫理観などどれをとっても十人十色。

その中で100%全てが同じという人はほぼ皆無と言っていいでしょう。

20%くらいは同じだけども、80%くらいは違いますね。
ざっくりいえばそんな感じになると思います。

その前提で考えた時に、好きと嫌いは100か0かのような極端な言葉なのです。

つまり、嫌いをやめるということは、『0か100かで判断をしない』ということになります。

もっとポジティブな言い方をすれば、1%でも合うところを探すということにもなるのです。


人で例を挙げていたので、
今度は食べ物を例にして挙げてみます。

『僕はパクチーが大嫌いです。』

この時点でパクチーとは全くご縁が無くなりました。

もう拒絶どころか壊滅を願うほどのエネルギー。

そしたら、次に嫌いをやめてみましょう。

『僕はパクチーの味と匂いが苦手です。』

どうでしょう。

前者の大嫌いは拒絶を意味するニュアンスが強かったですが、後者は合っていないことを示しているだけなので、拒絶ほどの強い意味を持っていないのです。

これだけで感じ取れるエネルギーは変わってきます。

それに、後者の文を見て貰えばわかる通りに、匂いと味が嫌なだけでパクチー全体を拒絶していないことがなんとなくニュアンスとして伝わってくるかと思います。


つまり、嫌いをやめるとどういうことが起きるかというと・・・。

・0か100かで判断しなくなり、きちんと考えることができる。
・好きなものが増える。
・対立が生まれないので争うきっかけがなくなる。

今の世の中は本当に何でもかんでも0か100かで判断してしまいがちではないでしょうか。

その中間値を見ないので、何でもかんでもシャットアウトしたり、逆に盲信してしまったりと、極端な状態になっている気がします。

場合によっては0の人たちと100の人たちとの間で争いが起きてしまうことも。。。

要するに、お互いのことを尊重したり認め合うことができない状態なんですよね。

一方で、嫌いをやめると、自分にとってその対象の何が合わないのか、あるいはその逆で何が合うのかを考えることができます。

自分にとってこの部分は合わないけど、ここの部分はとっても合う。

そう考えられるだけで実は世界が広がったりすることも。

少しでも交じり合うことができればそれだけで素敵なこと。

その繋がりが広がれば・・・。

そうなればきっと争いがなくなって互いに尊重し合える世の中になればいいなと思います。

まとめ

では最後にまとめていきましょう。

嫌いがある時

・拒絶、対立が生まれる

・辛い、苦しいなどネガティブな感情になる。

・ストレスが溜まる。

嫌いがない時

・拒絶しないため、視野が広がり価値観も変わる。

・より丁寧にそして柔軟に考えることができるのでネガティブにならない。

・ストレスを軽減できる。

これだけ考えても嫌いをやめることで生まれるメリットというのは大きいですよね。

ただ、もちろん合わないものは合わないし、嫌なものは嫌だと思うので、そこに対して深く考える必要はないということです。

単純に嫌いという思考を変えてあげることで、見えてくる世界が変わってくるはず。

ぜひ一度お試しください!


それでは今回はここまで。

倖せが繋がりますように★彡*iᵕi*★彡

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